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タカの日記

医療系サラリーマン兼ラガーマンの日々の思いをまとめていきます。

ラグビー小学校編No.015

改めて小学校編ということで始めはよくわからないまま親に連れて行かれ先生とパスをして始めたラグビーでしたが、それからしばらくして試合がありました。

 

その試合の時にうっすらと覚えているのはなぜかポジションはスタンドオフでした。今も昔もスタンドオフのポジションは試合中は司令塔、ゲームリーダーを務めますがなんで自分がここをやっていたのかが今考えてもちっともわかりません。

 

そして学年が上がるにつれてバックスの中でもセンター、ウイングと端っこの方に追いやられて確か3年生のときにはもうFWしてました。この頃うっすらと記憶にあるのは調子が良くてチーム内でも3番手くらいにいた事です。

 

でも4年生になってなんか色々もやもやしててその頃小学校のソフトボールを始めたのも併せて「なんかラグビーやめたい!!」ってなりました。

 

とりあえず練習に行くもグランドの隅っこでメソメソしててみんなから励まされ、その日はとりあえず辞めずにソフトボールと並行して続けることになりました。この時に止めてたら今何しとるんやろ!?

 

ソフトボールのチームは結構強かったのでレギュラーにはかすりもしないけどとりあえず練習試合とかでは結構勝ってました。出番は勝っている試合の6回とか7回とかの代打とか守備固め!?です。ラグビーの方はというと同じ市内にあるもう一つのチームが強くて(結局このチームは後の中学の九州大会も優勝しています。)もう一つの隣のチームも結構強いという感じなので練習試合するといっつも負けという記憶しかありません。

 

5年生になると大会にもエントリーしました。県大会になるのかな?福岡では少年ラグビーが結構盛んで県内には当時でも20を超えるチームはあったと思います。そのチームが集まって1日2試合、3週間に分けて計6試合の成績で順位を決めるというようなやつでした。

 

5年生の時は一応、Aチームで出ましたが惨敗続きでタックルに行かなくて先生に怒られた記憶しかありません。

 

6年生の最後の大会ではチームはBチーム、みんなで好き勝手しながらワイワイやってたのを覚えてます。相手も弱かったので幾つかの試合では勝てたのも大きかったですね。

 

この時に主に僕達を引率してた先生が急遽Aチームを見なければならなくなったらしく、その場を離れる時に言ったセリフが「別にお前たちを見捨てたわけじゃないぞ!!」と言ったんですが、なんかあえて言葉に出されると、そうか、やっぱり俺たちってBチームなんだし優先順位も後回しにされるのもしょうがないよねと思った次第です。子供に対する言葉遣いって気をつけようと今まさに痛感しています。

 

そんなこんなで小学校のミニラグビーも卒業、そのままラグビーからも卒業して離れる子もいましたが、持ち上がりで続けるという子がほとんどでした。

 

自分もやめる選択肢はなかったのでそのまま続けることにしました。

中学生編に続く。